明治30年代の越名馬門河岸 復元図 (昭和63年3月佐野市文化財保護審議委員会作成) |
明治中期の越名河岸問屋の光景と小廻船の鑑札(佐野市 須藤清市氏所蔵) |
蒸気船 通運丸(野木町史、歴史編) |
(上)越名河岸の景況 越名川岸の須藤又市家河岸場と葛生間に木道馬車が敷設されたのは明治20年、その後木道を鉄道に改め安蘇馬車鉄道となり越名駅が新設されました。 (写真で見る 東武鉄道80年) |
河岸繁栄当時の石積と思われます。 (地元のお年寄りの話) |
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「越名の舟唄」永遠に 船は艪で行く 越名の河岸を お江戸通いの 高瀬船 越名河岸から江戸までを、高瀬船の船頭たちがこの唄を口ず さみながら往来し、佐野の文化と経済を支えました。 (佐野市田島町の大聖寺境内に「越名の舟唄」の記念碑建立) |
案 内 図 |
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所 在 地 河岸の成立 用途・目的 |
佐野市馬門町(旧秋山川) 明暦年間(1655~1657) 舟運 |
参考文献 | |
栃木県史・栃木県史編さん委員会 佐野市史・佐野市史編さん委員会 栃木の水路・「栃木の水路」編さん委員会 |
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