黒鉄橋


鬼怒川温泉繁栄のシンボル、黒鉄橋
 明治40年(1907)頃から、利光鶴松(大分県の元城主)は、東京市電に送電することを目的に鬼怒川の水力発電計画を進めました。
 当時、発電所計画に対し、藤原村長をはじめ村全体が利害をはなれて尽力し、村全体が活気を帯びました。
 対岸の下滝に建設することがきまりましたが、既設の吊橋では重量物運搬に耐えられないため、官設鉄道のポニーワーレントラスを上路トラスに改造して架橋工事を行い、明治43年(1910)「黒鉄橋」が完成しました。当時の鉄橋はめずらしく、多くの見物客が押し寄せ、これが鬼怒川温泉の繁栄の基礎となりました。
 昭和60年(1985)に改修され、山野草の植栽、ブロンズ像、ガス燈などが設置され、下を流れる鬼怒川の渓谷美や周辺に建て並ぶホテルとも調和した憩いの場として生まれ変わり、鬼怒川温泉のシンボルとなっています。
 昭和63年(1988)「ふるさと手づくり郷土」建設大臣賞受賞及び「とちぎの道と川百選」に入選されました。
 下滝発電所は、鬼怒川水力電気梶i社長利光鶴松)によって、明治44年(1911) 2月に着手し、大正元年(1912) 12月に発電を開始しました。当時東京変電所まで125qの送電を行い、わが国での最長距離送電でした


橋上憩いの場のモニュメント

内側にワーレントラスで補強してます。


下滝発電所
 (東京電力鞄ネ木支店 提供)

大正元年(1912) 一部竣工
      有効落差 319.85m 出力 24,000kw
大正3年(1914) 全設備完成
      総出力 43,500kw 当時東洋一を誇りました。
昭和38年(1963) 改造のため閉所
 それまで約50年間、県内の高落差、大容量発電所としてその威容を誇ってきました。




所 在 地    管 理 者   建設時期    
用途・目的  規   模
  


日光市(旧藤原町)藤原・鬼怒川温泉滝(鬼怒川)
日光市
明治43年(1910) 完成
昭和60年(1985) 改修
道路橋(町道T−5)
橋長・幅員:61.00m×5.90〜7.90m(車道 4.90m+歩道 1.00〜3.00m)
形式:上路平行弦ワーレントラス橋(ピン結合)(内側にもう一組の新しい溶接トラスを架設して補強している)
案 内 図


参考文献
とちぎの電力・東京電力(株)栃木支店
とちぎの百選 道と川・栃木県企画部広報課

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